スフィンクスの前で能を舞う
せんべろを体験したい、と無形文化財能楽師・辰巳満次郎さんのリクエストで千円でべろべろに酔える安い店に飲みに行った。
訊くと、せんべろをしたことがないという。
そりゃそうでしょう、と僕たちは満次郎さんとせんべろ体験をすることになった。
そもそも僕は、せんべろ探検隊の隊長だし。
待ち合わせの場所で待っていると、和装の満次郎さんが京橋の改札口に現れた。旅の帰りなのか、大きなキャリーバックを引きずり、只者ではないオーラを発していた。
僕たちが目指した一軒目は、京橋では外せない『まるしん』である。
満員で入れないことが多い人気の店だけど、僕たちは運良く入ることができた。
とりあえず、ビールで乾杯である。
「先日、バチカンに行ってまして」と、満次郎さんが言う。
「先生、能をやられる方ですか?」と、まるしんのオヤジさんが満次郎さんに訊いた。
「僕たちが秋にやる『千人の月見の宴』に出てくれるんです」と僕が答え、
僕は鞄からチラシを出し、オヤジさんに渡した。
「すごいねぇ、宇崎竜童さんも出るんだ。店に貼っとくよ」
そう言うと「サービス!」とオヤジさんは揚げたてのゲソの大盛りを出してくれた。
「スフィンクスの前でも、舞ったことがあります。外国には能舞台などありませんから、地べたでもやったことがあります。ダンボールの上でもやるのですから」と、満次郎さんは言うとビールを一口美味しそうに飲んだ。
最近、村上ファンドで知られる村上世彰(むらかみ・よしあき)氏の本を読んだ。
彼が通産省の課長補佐だった頃、エジプト人にわかりやすく日本の文化をアピールする責任者の仕事をしていたとある。協賛金集め、ステージの手配、現地での折衝など、結構、大変だったらしい。
その時、鹿島建設にスフィンクスの前に特設ステージを造ってもらい、歌手の岩崎宏美さんのコンサートを開いたり、日本の花火、和太鼓の演奏などをやったという。
「日本は極東の小さな国で、経済成長をしているらしい」というくらいの認識だったエジプト人に、日本のプレゼンをしたのだ。
これに満次郎さんが能で出演したんだと、僕は思いながら読んでいた。
『千人の月見の宴』の特設ステージは、強化ダンボールで造った『ステージキッズ』である。
まだまだ、出来たての新製品でブラッシュアップを急ぎたいと思っているくらいだけど、
「ダンボールの上で能をやってください」と、僕がお願いしたときは冷や汗をかきながらだった。
『まるしん』の次に、二度漬け禁止でお馴染みの串揚げ『まつい』で飲み、満次郎さんは「せんべろ面白いから、またやろう」と、言い残し明日公演する京都へ向かった。
文:月見の宴代表 紙本櫻士
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